までは江戸の凧あげ季節で、大供まで子供にまじって凧合戦《たこがっせん》をする。
雁木《がんぎ》といって、錨《いかり》形に刳《く》った木片に刃物をとりつけ、これをむこうの糸にからませ、引っきって凧をぶんどる。
この凧合戦のために、屋敷や町家《まちや》の屋根瓦がむやみにこわされる。毎年、凧の屋根なおしに数十両、数百両もかかる。
ひょろ松は気を悪くして、
「なにを、のんきなことを言っているんです。……凧なんぞどうでもいい、ともかく内部《なか》へ入りましょう」
「まあまあ、急ぐな。……公事《くじ》にも占相《せんそう》ということが与《あずか》って力をなす。……おれは、いま金座の人相を見ているところだ」
のんびりと川むこうを指さし、
「……神田川をへだてて、むかいは松平|越前守《えちぜんのかみ》の上屋敷《かみやしき》。……西どなりは、鞘町《さやまち》、東どなりは道路をへだてて石町《こくちょう》……。どちらの空を見ても、清朗和順《せいろうわじゅん》の気がただよっているのに、金座の上だけに、なにやら悪湿《あくしつ》の気が靉《たなび》いている。……なるほど、このなかには、二百人からの人間が籠《か
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