手伝い、職人らはみな金座地内の長屋にすみ、節季《せっき》のほかは門外に出ることは法度《はっと》。たまの外出のときもやかましい検査があって、ようやくゆるされる。金座の人間ばかりではなく、出入りの商人などもいちいち鑑札で門を通り、それも厳重にしきった長屋門口からおくへ立入ることは絶対にできなかった。……ここだけは別世界、江戸の市中にありながら、とんと離れ小島のようなあんばい。
 ちょうど、七ツ下り。
 むりやりひょろ松に揺りおこされて曳きずられて来られたものと見え、いつものトホンとしたやつに余醺《よくん》の霞《かすみ》がかかり、しごく曖昧な顔で金座の門の前に突っ立って、顎十郎先生、なにを言うかと思ったら、
「ほう、……だいぶと、凧があがっているの」
 冬晴れのまっさおに澄みわたった空いちめんに、まるで模様のように浮いている凧、凧。
 五角、扇形《おうぎがた》、軍配《ぐんばい》、与勘平《よかんぺい》、印絆纒《しるしばんてん》、盃《さかずき》、蝙蝠《こうもり》、蛸《たこ》、鳶《とんび》、烏賊《いか》、奴《やっこ》、福助《ふくすけ》、瓢箪《ひょうたん》、切抜き……。
 十一月のはじめから二月の末
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