そとの一味に合図したのにちがいない……」
「ふ、ふ、ふ」
「藤波が言うには、毎年のきまりで、節季の御用金が間もなく川便で勘定所へ差しおくられることはわかっている。……そとの一味のほうは、贋の千両箱を石船に積みこみ、よっぽど以前から稲荷河岸あたりに、もやって待たせてある。……金座で合図の凧さえあがれば、すぐ相手に通じるような手はずにしてあったのにちがいないというんです」
「その子供のあげた凧は、いったい、どんな凧だったんだ」
「金座の烏組といって、南うらの小田原町《おだわらちょう》のとんび凧と喧嘩をするのを商売のようにしているんですから、金座の子供の凧といえばからす凧にきまっている。……ところで、その子供があげたのは、その朝にかぎって、六角の白地に赤の丹後縞《たんごじま》を太く二本入れた剣《けん》凧だったんで……」
「丹後縞というのは、長崎凧によくある図がらだが、それは買った凧なのか」
「いえ、そうじゃないんで。……父親の左内が伜につくってやったものなんです」
「それで、その凧はどうした」
「れいの通り、小田原町のとんび凧が、ひっからんで持って行ってしまったんだそうで。……たぶん、その凧に、細かい手はずを書きつけた結び文でもつけてあって、それで持って行ったのだろうと、まあ藤波は、そう言うんです」
顎十郎は、ははん、と曖昧な声を出して、
「だいぶこじつけたな。……それで、子供はなんと言っているのだ」
「いつも烏凧ばかりでおかげがねえから、父親に白凧をつくってくれと前まえからせがんでいたところ、やっとのことでつくってくれたので嬉しくってたまらない。……夜があけるのを待ちかねてあげたのだ、と言っているそうです」
顎十郎は、うなずいて、
「だいたい、そんなところだろう。……おれならば、これほどの大仕事に子供なんざつかわねえ。……なんと言っても子供は正直だから、突っこめばすぐ底を割ってしまう。……だが、そうまで道具立てが揃っていて、相手が藤波じゃ、どう言いひらきをしてもまず通るまい。……気の毒なものだな」
「などと澄ましていてはいけません。……それで、あなたの御推察はどうなんです。なにか、おかんがえが出来ましたか」
「いや、まだまだ。……おかんがえなんてえところまで行っていない、トバ口ぐらいのところだ」
ノッソリと立ちあがると、凧糸をたぐって凧をおろしにかかりながら、
「
前へ
次へ
全24ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング