すえから用意をいたしておきます。……しかし、差しおくりになる日は、勘定所のほうから、いつ何時、と、お触れがある定めになっております」
「なるほど……差しおくりの日がきまったのは、何日のことですか」
「七日の夜。……あの騒ぎのございました前日の、夜の五ツ頃(八時)、御用金は、八日朝の辰の刻(八時)までに川便でおくれという触《ふれ》がとどきました」
「すると、差立ての日は、その前日までわからなかったのですな」
「さようでございます」
「御用金が、金座の門を出たのは何刻ごろで?」
「ちょうど、六ツ(六時)でございました」
「勘定所の触役がきたのが前の晩の五ツで、御用金が金座をでたのが次の朝の六ツ。それまでのあいだに外出したものは何人ほどありましたか。……御門帳がありましたら、拝見いたしたい」
「……いや、わたくしどもでも、きびしく門帳をしらべましたが、いちにんも他出した者はおりませんでした」
「いや、よくわかりました。……それで、金蔵の金箱をあずかるお役人は何人ほどおられますか」
「ただいまのところ、五人でございます。……封金の員数をあらため、千両、二千両、五千両、一万両と、それぞれ箱入りにして封印をいたし、金蔵方の受帳へあげて蔵へ収納いたします」
「なにか、定期に収納金の内容あらためのようなことをなさいますか。……たとえば、棚おろしといったぐあいにですな」
「ございます。……七、八両月は吹屋の休みで、このあいだに封印ずれの改めをいたします」
「年に一度?」
「はい、年に一度。……なにかほかに……」
「いや、このくらいで……」
勘定場を出ると、そこから吹所のある一廓のほうへやって行く。
ここにもまた、厳重な中門。
吹所のひろい地内に十棟の吹屋があって、屋根の煙ぬきから、さかんな煙をあげている。
十人の吹所棟梁が吹屋をひとつずつあずかり、薄ぐらい大|鞴《ふいご》仕立ての炉のそばで棟梁手伝いのさしずで、大勢の職人が褌ひとつになって、金をのばしたり打ちぬいたり、いそがしそうに働いている。
顎十郎は、吹屋のトバ口に立って、うっそりと眺めていたが、ひょろ松のほうへ振りかえって、
「ああして捏《こね》たり延《のば》したりしているところを見ると、まるで餅屋だな。……おい、見ろ、むこうの鞴のそばでは、金を水引《みずひき》のように細長く引きのばして遊んでいる。……さあ、帰ろう。こ
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