んなところに、いつまで突っ立っていたって、はじまらねえ」
吹屋の門を出て、職人下役の住居《すまい》になっている長屋の一廓へやってくると、そこの空地で下役の子供たちが十人ばかり、揃ってまっくろな烏凧《からすだこ》をあげて遊んでいる。
どれもこれも、いじけたような身なりの悪い子供。
顎十郎は足をとめて、子供たちの凧をぼんやりと見あげていたが、そのうちになにを考えたのか、手近のひとりのほうへ寄って行き、
「坊や、変った凧をあげてるな」
「なにが変っているもんか。凧屋へ行きゃ、ひとつ二文で売っている並《なみ》凧だ」
「見れば、みんな烏凧ばかり。……よく気がそろうな」
頭の鉢のひらいた十歳ばかりのひねこびた子供で、舌で唇をペロリとやると、うわ眼で顎十郎の顔を見あげながら、
「……金座の烏組といや、江戸の名物のひとつなんだが、お前、知らなかったのか。……国はどこだい」
「いや、これは謝《あやま》った。……そりゃそうと、なぜ外へでて揚げないのだ」
ふん、と鼻で笑って、
「おう、ありがてえな、おいらを出してくれるかい。……おいらッち、なにもこんな狭えところで揚げたかあねえんだ……さあ、出しておくれ、外へ!」
「そりゃあ気の毒だな。……では、お前たちは、いつもこの空地でばかり凧をあげているんだな」
「ほっとけ、おとな……。子供にからかうなよ。出せねえなら大きな口をきくな」
「いや、これは悪かった。……さあ、もう、あっちへ行って遊びな」
「……おい、お前は同心くずれだろう。……妙な面だな」
「妙な面で悪かった」
「なにを言ってやがる。……おい、同心くずれ、おいらにきくこたア、それだけか。……さっきの青瓢箪《あおびょうたん》はもっとくわしくきいたぜ。……誰にたのまれて凧をあげているんだ……。お前らの仲間にゃ、あまり悧口なやつはいねえな。……へッ、越後から米を搗《つ》きに来やしめえし、たのまれて凧をあげるやつがあるかい、笑わせやがら」
顎十郎はニヤリと笑って、
「おう、そうか。……青瓢箪が来て、そんなことをきいて行ったか。……眼のつりあがった……鼻の高い……権高《けんだか》な、いやみな面だったろう」
「ああ、そうだよ。……南の与力で、藤波っていうんだそうだ」
顎十郎は、ひょろ松のほうへ振りかえり、
「……ひょろ松、藤波はえらいことを考えている。……なるほど、あいつの思いつきそ
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