ご》の鳥同然に押しこめられ、他人のために朝から晩までせっせと小判をつくっている。ひとの恨みと金の恨みがあいよって、それで、こんな悪気《あっき》が立ちのぼるのだろうて……」
 ひょろ松は、へこたれて、
「どうも、あなたが喋りだすと、裾から火がついたようになるんで、手がつけられねえ。……さあさあ、もう、そのくらいにしておいてください」
「……よしよし、では入ってやるが、だが、ひょろ松、くどいようだが、叔父の禿げあたまには極内《ごくない》だぞ」
「それは、嚥みこんでいますが、どうして、そうまで金助町に内証にしたがるんです。……中間部屋なんぞにゴロついていないで、旦那のところへお帰りになって藤波と正面きって張りあってくだすったら、旦那もどんなにかお喜びだと思うんですがねえ」
「いやいや、それはお前の考えちがい。……叔父はな、おれを風来坊《ふうらいぼう》の大痴《おおたわけ》だと思っている。……興ざめさせるのもおかげがねえでな。……これも、叔父孝行のうちだ」
 門番詰所へ行って、役所の割符《わっぷ》をだすと、門番頭のうらなり面が、ジロリと顎十郎を見て、
「おつれは」
「同心並新役、仙波阿古十郎」
 怪訝《けげん》な顔をするのを、かまわずにツイと押しとおって、長屋わきから中門口へかかる。六尺棒を持った番衆が四人突っ立っていて、どちらから。
 そこを通りぬけると、金座の役宅門へかかる。ここでもまた、どちらから。
 顎十郎は閉口して、
「どうも、手がかかるの。金というものはこんなに大切なものとは、こんにちまで知らなかった」
 門を通って、ようやく役所の玄関。
 名のりをあげると、座人格の下役が出てきて、勘定場へ案内する。
 五十畳ほどの座敷へ二列ならびに帳場格子をおいて、二十人ばかりの勘定役、改役がいそがしそうに小判を秤《はか》ったり、包装したりしている。
 一段高くなったところに、年寄の座があって、老眼鏡をかけた、松助《まつすけ》の堀部弥兵衛のようなのが褥《しとね》をなおす。
「お役目、ご苦労」
 顎十郎、すました顔で、おほん、と咳ばらいで受けて、
「さっそくですが、三万二千両……御用金が差しおくりになることは、よほど以前からわかっていたのですか」
 年寄役は慇懃《いんぎん》にうなずいて、
「さようでございます。……これは節季の御用で、毎年のきまりでございますから、金座では、九月の
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