手伝い、職人らはみな金座地内の長屋にすみ、節季《せっき》のほかは門外に出ることは法度《はっと》。たまの外出のときもやかましい検査があって、ようやくゆるされる。金座の人間ばかりではなく、出入りの商人などもいちいち鑑札で門を通り、それも厳重にしきった長屋門口からおくへ立入ることは絶対にできなかった。……ここだけは別世界、江戸の市中にありながら、とんと離れ小島のようなあんばい。
ちょうど、七ツ下り。
むりやりひょろ松に揺りおこされて曳きずられて来られたものと見え、いつものトホンとしたやつに余醺《よくん》の霞《かすみ》がかかり、しごく曖昧な顔で金座の門の前に突っ立って、顎十郎先生、なにを言うかと思ったら、
「ほう、……だいぶと、凧があがっているの」
冬晴れのまっさおに澄みわたった空いちめんに、まるで模様のように浮いている凧、凧。
五角、扇形《おうぎがた》、軍配《ぐんばい》、与勘平《よかんぺい》、印絆纒《しるしばんてん》、盃《さかずき》、蝙蝠《こうもり》、蛸《たこ》、鳶《とんび》、烏賊《いか》、奴《やっこ》、福助《ふくすけ》、瓢箪《ひょうたん》、切抜き……。
十一月のはじめから二月の末までは江戸の凧あげ季節で、大供まで子供にまじって凧合戦《たこがっせん》をする。
雁木《がんぎ》といって、錨《いかり》形に刳《く》った木片に刃物をとりつけ、これをむこうの糸にからませ、引っきって凧をぶんどる。
この凧合戦のために、屋敷や町家《まちや》の屋根瓦がむやみにこわされる。毎年、凧の屋根なおしに数十両、数百両もかかる。
ひょろ松は気を悪くして、
「なにを、のんきなことを言っているんです。……凧なんぞどうでもいい、ともかく内部《なか》へ入りましょう」
「まあまあ、急ぐな。……公事《くじ》にも占相《せんそう》ということが与《あずか》って力をなす。……おれは、いま金座の人相を見ているところだ」
のんびりと川むこうを指さし、
「……神田川をへだてて、むかいは松平|越前守《えちぜんのかみ》の上屋敷《かみやしき》。……西どなりは、鞘町《さやまち》、東どなりは道路をへだてて石町《こくちょう》……。どちらの空を見ても、清朗和順《せいろうわじゅん》の気がただよっているのに、金座の上だけに、なにやら悪湿《あくしつ》の気が靉《たなび》いている。……なるほど、このなかには、二百人からの人間が籠《か
前へ
次へ
全24ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング