も、がてんがゆかねえから、最後に、あの、……袋のような馬鹿気たやつを、ひょいともたげて見ると、乳房のうしろに針で突いたほどの、ほんの小さな傷がある。……おれの見たところでは、たしかに、鍼痕《はりあと》。……心臓の真ン中。……あそこへ鍼を打たれたら、こりゃア、ひとったまりもねえの」
 千木は、感にたえたようすで、
「なるほど、うまく企みやがった」
「近所で聞き合わして見ると、杉の市という按摩鍼《あんまはり》が、いつも千賀春のところへ出入りしていたという。……内職は小金貸《こがねかし》。……これが、夫婦になるとかなんとか、うまく千賀春に蕩らしこまれ、粒々辛苦《りゅうりゅうしんく》の虎の子を根こそぎ巻きあげられ、死ぬとか生きるとか大騒ぎをやらかしたというのは、ついこないだのこと……」
 といって、眼の隅から、ジロリと千太の顔を眺め、
「なんのこたアねえ、こいつが、左きき」
「おッ、それだ」
「そこで、おりゃア、つい先刻《さっき》、顎十郎に手紙を書いて持たせてやった。……千賀春こと人手にかかってあえない最期。辱知《じょくち》の貴殿に、ちょっとお知らせもうします、といってな」
 千太は、むっとし
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