ある」
 盃のしずくを切って、千太につぎながら、
「乳房が馬鹿でかすぎらア」
 千太は、えッといって藤波の顔を見ていたが、急に、へらへらと笑い出して、
「こりゃア、どうも。……旦那まで千賀春の御講中《ごこうちゅう》だったたア、今日の今日まで、存じませんでした。……じゃ、たんといただきやす。とても、ただじゃそのあとは伺《うかが》えねえ」
「馬鹿ア言え、そんなんじゃねえ」
「などと仰言《おっしゃ》るが」
「櫓下《やぐらした》で梅吉と言っていた時にゃあ一二度逢ったことがあるが、膚《はだ》を見たなア、今朝がはじめてだ」
 千太は、あわてて盃をおき、
「じゃア、ごらんなったんで」
「ああ、見た」
 千太は、毒気をぬかれて、
「旦那も、おひとが悪い。さんざ、ひとに喋舌《しゃべ》らせておいて、ああ、見た、はないでしょう。……それに、あっしまで出しぬいて……」
「悪く思うな。……ちょうど、つい眼と鼻の、露月町《ろうげつちょう》の自身番にいたでな」
 ゆっくりと盃をふくむと、
「千太、ありゃア、早打肩なんぞじゃねえ、殺《や》られたんだな」
 千太は、ぷッと酒の霧を吹いて、
「これは失礼」
 あわててその
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