ついて、宙を飛ばして行け。棺桶は、もう一刻《いっとき》前に芝を出ている……合点か」
「おう、合点だ……たとえ、十里先をつッ走っていようと、かならず追いついてお目にかけやす、無駄に脛をくっつけているんじゃねえや」
 切れッ離れのいいことを言っておいて、中間部屋のほうへ向って、大声。
「それッ、大先生の御用だ、早乗を二枚かつぎ出せ」
 たちまち、かつぎ出された二挺の早打駕籠。
「しっかり息綱《いきづな》につかまっておいでなさいまし……口をきいちゃアいけませんぜ。舌を噛み切るからね」
 顎十郎とひょろ松が、それへ乗る。
「それッ、行け!」
 引綱へ五人、後押しが四人。公用非常の格式で、白足袋|跣足《はだし》の先駈けが一人。
「アリャアリャ、アリャアリャ」
 テッパイに叫びながら、昼なかのお茶の水わきをむさんに飛んで行く。

   銀簪《ぎんかん》

 その日の宵の戌刻《いつつどき》。
 露月町の露路奥。
 清元千賀春という御神灯《ごじんとう》のさがった小粋な大坂格子。ちょっとした濡灯籠《ぬれどうろう》があって、そのそばに、胡麻竹が七八本。
 入口が漆喰《たたき》で、いきなり三畳。次が、五畳半
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