ついて、宙を飛ばして行け。棺桶は、もう一刻《いっとき》前に芝を出ている……合点か」
「おう、合点だ……たとえ、十里先をつッ走っていようと、かならず追いついてお目にかけやす、無駄に脛をくっつけているんじゃねえや」
切れッ離れのいいことを言っておいて、中間部屋のほうへ向って、大声。
「それッ、大先生の御用だ、早乗を二枚かつぎ出せ」
たちまち、かつぎ出された二挺の早打駕籠。
「しっかり息綱《いきづな》につかまっておいでなさいまし……口をきいちゃアいけませんぜ。舌を噛み切るからね」
顎十郎とひょろ松が、それへ乗る。
「それッ、行け!」
引綱へ五人、後押しが四人。公用非常の格式で、白足袋|跣足《はだし》の先駈けが一人。
「アリャアリャ、アリャアリャ」
テッパイに叫びながら、昼なかのお茶の水わきをむさんに飛んで行く。
銀簪《ぎんかん》
その日の宵の戌刻《いつつどき》。
露月町の露路奥。
清元千賀春という御神灯《ごじんとう》のさがった小粋な大坂格子。ちょっとした濡灯籠《ぬれどうろう》があって、そのそばに、胡麻竹が七八本。
入口が漆喰《たたき》で、いきなり三畳。次が、五畳半
前へ
次へ
全30ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング