顔で死んでいるんです……」
藤波は、底意《そこい》ありげな含み笑いをして、
「ふん、あの仏にしちゃ、おかしかろう」
千太は、うなずいて、
「まったく、あの毒虫にしちゃ、もったいねえような大往生《だいおおじょう》で、みなも、呆気にとられたくれえなんでございますよ」
「あんなのを、女郎蜘蛛《じょろうぐも》とでもいうのだろうの。蕩《た》らしこんじゃア押しかけて行って金にする。それも、ちっとやそっとの額じゃ、うんとは言わねえ。……千賀春が死んだときいたら、ほっとするむきア、三五人《さんごにん》じゃきかねえだろう。……それにしても、都合のいい時に死んだもんだの。すりゃア、まるで、ご注文だ」
「ですから、その辺のところは、実にうまくしたもんだというんです。……そりゃア、ともかく、なるほど評判だけあっていい器量だ。引起したところを見て、さすがのあっしも……」
「惚れ惚れと、見とれたか」
へへへ、と髷節《まげぶし》へ手をやって、
「いや、まったく……あれじゃ、だれだって迷います。罪な面だ」
広蓋へ小鉢物と盃洗をのせて持ち出して来た小間使へ、用はないと手を振って、
「……だが、たったひとつ、難がある」
盃のしずくを切って、千太につぎながら、
「乳房が馬鹿でかすぎらア」
千太は、えッといって藤波の顔を見ていたが、急に、へらへらと笑い出して、
「こりゃア、どうも。……旦那まで千賀春の御講中《ごこうちゅう》だったたア、今日の今日まで、存じませんでした。……じゃ、たんといただきやす。とても、ただじゃそのあとは伺《うかが》えねえ」
「馬鹿ア言え、そんなんじゃねえ」
「などと仰言《おっしゃ》るが」
「櫓下《やぐらした》で梅吉と言っていた時にゃあ一二度逢ったことがあるが、膚《はだ》を見たなア、今朝がはじめてだ」
千太は、あわてて盃をおき、
「じゃア、ごらんなったんで」
「ああ、見た」
千太は、毒気をぬかれて、
「旦那も、おひとが悪い。さんざ、ひとに喋舌《しゃべ》らせておいて、ああ、見た、はないでしょう。……それに、あっしまで出しぬいて……」
「悪く思うな。……ちょうど、つい眼と鼻の、露月町《ろうげつちょう》の自身番にいたでな」
ゆっくりと盃をふくむと、
「千太、ありゃア、早打肩なんぞじゃねえ、殺《や》られたんだな」
千太は、ぷッと酒の霧を吹いて、
「これは失礼」
あわててその
前へ
次へ
全15ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング