っと寄ってのぞいてまいりました」
「そう、たやすくはごねそうもねえ後生《ごしょう》の悪いやつだったが……」
「長火鉢のそばで、独酌《どくしゃく》かなんかやっているうちに、ぽっくりいっちまったらしいんでございます。……なにか弾《ひ》きかけていたと見えて、三味線を膝へひきつけ、手にこう撥《ばち》を持ったまま、長火鉢にもたれて、それこそ、眠るように死んでいました」
「ふうん……医者の診断《みたて》は、なんだというんだ」
「まア、卒中《そっちゅう》か、早打肩《はやうちかた》。……あの通りの大酒くらいですから、さもありそうな往生。……あッという間もなく、自分でも気のつかねえうちに死んじまったろうてんです。だれか、早く気がついて、肩でも切って瀉血させてやったら助からねえこともなかったろうにと医者が言っていましたが、なにしろ、運悪くひとりだから、そういう段取りにはならねえ。……そんな羽目になるというのも、これも身の因果。ふだんの悪業《あくごう》のむくいでね、よくしたもんです」
「医者は、早打肩だと言ったか」
「へえ。……なるほど、そう言われて見れば、顔も身体《からだ》も、ぽっと桜色をしておりましてね。とんと死んでいるようには見えません」
「そういうことは、あるには、ある。……それから、どうした」
「どうせ、邪魔にされることは、わかり切った話ですが、北奉行所のやつら、どんなことをしやがるか見てやろうと思いましてね、そのまま居据っていると、ひょろ松が乗りこんで来ました」
「お前が突っ張っていたんでは、さぞ、いやな顔をしたこったろう」
「とんとね、……せんぶり[#「せんぶり」に傍点]という、あっしのお株《かぶ》をとったような、なんとも言えねえ苦い面をしましてね、こりゃア、千太さん、たいそう精が出るの。他人の月番のおさらいまでしていちゃてえへんだろう、とぬかします。……あっしも意地になって、この節は、いろいろと変ったことをして見せてくれるから、きょうはひとつお手ぎわを拝見しようと思ってな。……どうだ、この仏を種にして、また面白えことをして見せてくれめえか、と、一本やっておいて御検死にまじって見ていますと、とっくりけえし、ひっくりけえしする千賀春の身体に、どこといって鵜《う》の毛で突いたほどの傷もありません……首を締めたあともなけりゃ、一服盛られたなんてようすもない、まるで、笑ってるような
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