あばずれのことは、部屋でよく聞いて知っているが、おれにゃア、藤波なんぞから悼《くや》みを言われるような差合《さしあい》はねえのだが……」
 ひょろ松は、穴でもあったら入りたいという風に痩せた身体をちぢかめて、
「ちょっとお誘いすりゃアよかッたんですが、うっかりひとりでかたをつけたばっかりに、また大縮尻《おおしくじり》をやっちまいまして……」
「お前の縮尻は珍らしくはねえが、お前が縮尻をするたびに、藤波なんぞから手紙をぶッつけられるのは大きに迷惑だ。……これ見ろ、この手紙の終りに、白痴《こけ》と言わんばかりの文句が書いてある。……この手紙は、おれの名あてだから、白痴というのは、おれのことか知らんて。……して見ると、なかなかどうも、怪《け》しからん話だ」
 と、とりとめない。
 ひょろ松は、手でおさえて、
「そのお詫《わ》びは、いずれゆっくりいたしますが、実ア、藤波は、あっしのところへも手紙をよこしましたんで、読んで見ると、くやしいが、なるほど思いあたるところがある……」
「なんて言ってりゃア世話はねえ……この節、御用聞の値が下ったの」
「なんと仰言られても、一言もございませんが、森川の旦那には内々で、どうか、もう一度だけ、お助けを……」
 頭を掻きながら、ありようを手短かに語り、
「情けねえ話ですが、歯軋りをしながら、杉の市をしょっぴいて来て、調べて見ると……」
「……杉の市じゃアなかった」
「えッ、ど、どうして、それを……」
「なにを、くだらない。下手人が杉の市なら、藤波がわざわざ言ってよこす筈アなかろう、つもっても知れるじゃないか」
「いや、もう、ご尤も。……それで、杉の市をぶッ叩いて見ると、一時は、しんじつ、そうも思ったこともありましたが、もとはと言や、こちらの莫迦《ばか》から出たこと、相手をうらむ筋はねえ、もう、あきらめておりやした。……それに、仮《か》りに、あッしがやるとしたら、そんなドジな、ひと目であッしの仕業とわかるような、そんな殺り方はいたしますまい。これが、あッしが無実だというなによりの証拠。……いわんや、めくらは勘のいいもの。いくら泡を喰ったとて、右左をとりちげえるようなことはいたしません。なんで、左手に撥なんぞ持たすものですか。……たぶん、こりゃア、あッしの左ききを知っているやつが、あッしに濡れ衣を着せて、突き落そうと企らんだことなのに相違ないん
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