ろがっているのに、中間や馬丁たちはひどく察しがよくて、顎十郎のためにチョコチョコといろいろに働く。なにかすこし変った噂をききつけると、寄ってたかって根ほり葉ほり探り出し、その結果をもって息せき切って駈けつけてくる。顎十郎は、いっこう気のないようすで、ふん、ふんとそれを聞き流している。全くもってふしぎな関係である。
 大名の上屋敷、中屋敷、合せて五百六十、これに最少四人二分を乗じただけの人数が、顎十郎の手足のように働くとしたら、これまた一種|端倪《たんげい》すべからざる勢力である。
 まず、だいたいこんなようなあんばい。欲《ほっ》すると否とに拘《かか》わらず、ぼくねんじんの顎十郎がいつの間にか、江戸でこんな大勢力になっているということは、たれもあまり知らない。いわんや、叔父の庄兵衛などが知ろうはずがない。馬鹿めが中間部屋にばかり入りびたる、といって外聞悪がるのである。年がら年中、一枚看板の袷をひきずり、夕顔に眼鼻をつけたような、この異相の勤番くずれのどこがよくて、こうみなが惚れるのか、これこそは全くもって不思議。
 さて、不思議はふしぎとしておいて、顎十郎は、このへんでようやくパッチリと
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