りするのがこの世の愉快だとある。あまり上等な趣味ではない。寝っころがって中間どもの小ばくちを横合から眺めたり、とりとめのない世間話に耳をかたむけたりしながら、金のある間ごろッちゃらしている。尤もここぐらい、いろいろな世間のうわさが早く伝わってくるところもすくない。ここにごろごろしていると、肩が凝らずいながらにして浮世《うきよ》百般の消息がきかれる。顎十郎がいろいろと人の知らぬ不思議な浮世の機微に通暁しているのは、多分、そのためだろうと思われる。ただし、なにか思うところがあってやっているのか、それとも出鱈目《でたらめ》なのか、こんな風来人《ふうらいじん》のことだから、性根《しょうね》のほどはわからない。
 中間部屋では顎十郎を知らないものはまずない。このほうでは、だいぶいい顔である。
 綽名のゆえんであるところの、ぽってりと長い異様な顎をふりながら顎十郎がのっそり入って来ると、部屋部屋は俄かに活気づく。互いにひどく気が合うのである。謀反《むほん》でも起すとなったら、江戸中の中間どもはひとり残らず顎十郎の味方につきかねない。顎十郎のほうでは、格別なにをしてくれと頼むでもない、のほほんと寝こ
前へ 次へ
全26ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング