《いた》めつけて突き落したのにちげえねえ。……ひとつ、じっくりと調べあげて、ぶっくらけえしてやろう。さア、堺屋へ行こう、堺屋へ行こう」
 聞くより千太は勇み立って、
「ようございます、そういうことになりゃア、骨が舎利《しゃり》になってもやっつけます。いっそ、忝《かたじ》けねえ[#「忝《かたじ》けねえ」は底本では「添《かたじ》けねえ」]」

   危険

 古すだれの隙間から涼風が吹きこんで、いぎたなく畳の上でごろ寝をしている顎十郎の鬢の毛をそよがせる、それからまた小半刻、顎十郎は、
「ううう」
 と、精一杯に伸びをすると、じだらくな薄眼をあけて陽ざしを見あげる。時刻はもうとうに申《さる》をすぎている。
 一種茫漠たるこの人物は、この脇坂の中間部屋《ちゅうげんべや》にこれでもう十日ばかり流連荒亡《るれんこうぼう》している。北町奉行所の与力筆頭の叔父庄兵衛が扱う事件に蔭からソッとおせっかいをし、うまく叔父をおだてあげて、纒った小遣いをせしめると、部屋を廻って大盤振舞をして歩く。手遊びをしに来るのではない。中間とか馬丁陸尺とかいう連中にまじって軽口《かるくち》を叩いたり、したみ酒を飲みあった
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