り絆纒をひきのけて起上ると、のっそり囲炉裏のほうへ近づいて来たのは、藤波の右腕といわれるせんぶりの千太、生れてからまだ笑ったことがないという苦ッ面の眉間に竪皺《たてじわ》をよせてムンズリと膝を折ると、
「寝ていたわけじゃアありません、泣いてたんでございます。実ァ……」
 と言って、ガックリとなり、
「実は、あッしが検死にまいりました。なんとも、お詫びのもうしようもありません」
 藤波は、えッと息をひいて、
「おめえが、……おめえが行って縮尻《しくじ》ったとは、それは、どういう次第で……」
 まともに顔をふり向けると、
「それが、……赤斑《あかふ》もあれば、死顔は痴呆《こけ》のよう。下痢《くだ》したものは、米磨汁《とぎじる》のようで、嘔吐《はい》たものは茶色をしております。どう見たって、虎列剌に違いねえので……」
 藤波は深く腕を組んで考え沈んでいたが、ふいに顔をあげると、
「そりゃア、確かだろうな」
「へい。……石井順庵先生の御診断《おみたて》でございます。あッしといたしましても、それ以上には、……」
 藤波は、かすかに頷いて、
「それで、その毒はなんだ」
「ですから、はなッから、盛り
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