…番代りの晦日《みそか》に伝馬町《てんまちょう》の堺屋《さかいや》へ検死に行ったのはどいつだ。……嘉兵衛と鶴吉を虎列剌《ころり》と判定《きめつけ》てうっそり帰って来たのは、いってえどいつだ。言え、この中にいるだろう」
大風に吹かれた下草のようにハッとひれ伏してしまう。
藤波は、キリキリと歯軋《はぎし》りをして、
「いかに虎列剌がこの節の流行物《はやりもの》でも、吐瀉下痢《はきくだ》して息をひきとれば、これも虎列剌ですはひどかろう。いってえ、おめえらの職業《しょうべえ》はなんだ。……おい、よく聞け。呉服橋《ごふくばし》ではぬからずに手代の忠助をひっ撲《ぱた》いて、わたくしが毒を盛ったのでございますと泥を吐かしたそうな。……当節、番所は呉服橋だけにある。南じゃ朝っぱらから色ばなし。……いや、見あげたもんだ、感じ入ったよ」
癇性に身を反らして、ひれ伏す岡ッ引どもを、骨も徹れとばかり睨みつけていたが、ふと、眼を外《そ》らして、御用部屋の奥のほうで、頭から絆纒を引ッかぶって寝ている男を見つけると、クヮッと眼尻を釣りあげて、
「だれだ、そこらで寝ころんでいるやつア、面ア出せ、おい」
ゆっく
前へ
次へ
全26ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング