わけ。……さア、早く堺屋へ行って、チュウ助を召し捕ってしまいなせえ。まごまごしていると、ズラかるかも知れねえからの」
 顎十郎の聴き役、庄兵衛のひとり娘の花世の部屋へ入ってゆくと、花世は今度の成行を心配して顎十郎を待っていたところだった。堺屋の末娘のおさよから花世に宛てて長い手紙が来ていた。
 紅梅《こうばい》入りの薄葉《うすよう》に美しい手蹟《て》で、忠助にかぎってそんな大それたことをするはずがないと、そのひとつことばかり、くりかえしくりかえし書いてあった。
 顎十郎は、その手紙を読み終ると、莨《たばこ》の煙をふきながら、
「実は、吟味部屋で二人に逢う前に、おれは揚屋へ行って忠助と話をしてみた。……まるで、念仏でもとなえるように、私が殺したとばかりくりかえす。旦那さまや鶴吉どんが死んで、おさよさんとわれわれ二人だけの世の中だったら、どんなに楽しかろうと、ときどき考えたことがございます。たぶんその思いが通じて、こんな始末《しまつ》になったことなのでしょうから、とりもなおさず、私が殺したと同様なのでございます、というんだ。自分の罪をごまかすがために、こんなことをぬかすやつも数あるが、そう
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