「どうだ、阿古十郎。あの石井順庵が、これはコロリだと言い切ったのだが、与力筆頭の眼力はそんなチョロッカなもんじゃない。これは、なにかアヤがあると、たちまち洞察《みぬ》いてしまった」
ひょろ松は前につづけ、
「そう言われて、あッしも成程と思い、堺屋へ乗りこんで調べて見ますと、すぐ、いま言った関係がわかったんです。……忠助というのは主人の遠縁にあたるもので、弟の市造と三年前から堺屋へ引き取られて手代がわりに働かされていたのです。……ところが、この忠助は、いつの間にか妹娘のおさよと出来てしまった。これが、陰気な、見るからに気のめいるような男で、仕事ッぷりもハキハキしないところから、平素から嘉兵衛の気に入らなかったらしいんですが、こんなことがあったので、主人はすっかり腹を立て、一度は弟もろとも追い出されかかり、ようやく詫びを入れて店へ帰ったようなこともあるんです。店は一番番頭の鶴吉に姉娘をめあわせてそれに譲ることになっていた。その折は弟と二人に暖簾を分けて貰えるはずだったが、こんなことでそのあてもなくなった。……一方、主人の嘉兵衛には身寄というものはないのだから、姉娘と鶴吉を亡いものにすれば
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