と冷水をあびたようになって、言葉もなく二人が眼を見合せていると、人気《ひとけ》のない筈の杉の林の中で、大勢の人間がドッと声を合わして笑い出した。木立の間をすかして見ると、これは、いったい、どうしたというのだろう。馬丁、陸尺、中間ていのものが、凡そ五十人ばかり、むらむらと雲のようにむらがっていた。
ねずみ
顎十郎が組屋敷の吟味部屋《ぎんみべや》へ入って行くと、叔父の庄兵衛とひょろ松が、あけはなした櫺子窓《れんじまど》の下で、上きげんの高声で話し合いながら、笑っていた。
顎十郎が入って来たのを見ると、庄兵衛は日ごろの渋っ面をひきほごして、
「やア、風来坊が舞いこんできた。……これ、阿古十郎、貴様が中間部屋にしけこんでいるうちに、だいぶ世の中が変ったぞ。突っ立っていないで、ここへ坐れ。手柄話をきかせてやる」
顎十郎は、のんびりと顔をひきのばして、
「それは、近ごろ耳よりな話ですな。ちょうど、水の手が切れかかっていたところだから、手前にとってはもっけのさいわい」
と、いいながら、叔父のそばに大あぐらをかくと、
「叔父上、それはいったいどんな話です。まさか、堺屋の件ではあります
前へ
次へ
全26ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング