うろたえるな。まだ話がある」
「ほほう」
「こんどの堺屋の一件は、やはり貴様の出しゃばりだろうが、お気の毒だが、でんぐりけえすぞ、そう思って貰おう。こッちに手証《てしょう》があがった」
顎十郎は、すこし真顔になって、
「出しゃばりとか、堺屋とか、そりゃア、いったい、なんのことです。どうも、一向……」
千太はいままで、苦虫を噛んで突っ立っていたが、藤波を押しのけるようにして進み出ると、
「なんだと、ひとをこけにしやがって、いいかげんにとぼけておきやがれ。いってい、てめえなんざ、御府内《ごふない》へつんだす面じゃねえ。ねえ、旦那、気味が悪いじゃありませんか。あッしはね、こいつの面を見ると、きまってその晩、瓢箪の夢を見てうなされるんです」
藤波は薄い唇をほころばして白い歯を出し、
「まったく、珍な顎だの、いやな面だ」
顎十郎は、ゆっくり一足進みよると、眼を据えて、穴のあかんばかり、藤波の顔を瞠《みつ》めていたが、唐突《とうとつ》に口をひらいて、
「つまらぬことをいうようだが、藤波さん。……むかし、わたしが死ぬほど惚れた女がいましてね、その家の紋が二蓋亀《にがいがめ》という珍らしい紋ど
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