なおると、切長《きれなが》な三白眼《さんぱくがん》でチラチラと顎十郎の顔を眺めながら、
「ほかでもないのだが、すこし御忠言したいことがあって、それで、ご足労を願ったのだが……」
顎十郎は、掌で顎の先を撫でながら、ぼんやりした声で、
「ほほう、それは、それは」
と、一向に張合がない。藤波はキュッと頬をひきしめて、
「ときに、仙波さん、あなたのお役柄《やくがら》はなんです」
「はア、ご承知のように、例繰方撰要方兼帯《れいくりかたせんようかたけんたい》というケチな役、紙虫や古帳面の友というわけで、……いや、おはずかしいです」
「つまり、刑律の先例を調べるのが、あなたの役なのだろう。そんならば、古帳面へしがみついているがいい。あまり出すぎた真似はせぬほうがいいな」
「これは、どうも、ご忠告ありがたい。せいぜい戒心いたします」
藤波はキリッとかすかに歯噛みをして、
「ふん、面は馬鹿げているが、わかりはいいようだな。以後、気をつけろ」
顎十郎は、いんぎんに一揖《いちゆう》すると、
「委細承知いたしました。これで御用は、もう、おすみですか、そんならば、わたくしはこの辺で……」
「待て、待て、
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