と、気負い立つと、顎十郎は、
「あん」
と、不得要領な声を出しておいて、長い顎をふりふり小屋のそとへ出て行った。
指定された坂下の水茶屋までやって行くと、よしずの蔭の縁台で、藤波友衛とせんぶりの千太が物騒な眼つきでこちらのほうを眺めている。
顎十郎は藤波のそばへ行って、のそっとその前に立ちはだかると、
「これは、これは、藤波さん、暑中にもかかわらず御爽快のていでまず以て祝着《しゅうちゃく》。……お、これは、せんぶりどのも」
と、例によってわけの判らぬことを言っておいて、きょろりとした顔つきで、
「して、わたくしに御用とおっしゃるのは」
藤波は蒼白んだ顔をふりあげながら立上って、
「ここでは、話もなるまい。その辺を歩きながらでも……」
「おお、そうですか。どっちへ歩きます」
藤波と千太は先に立って、氷川神社の裏道のほうへ入って行く。顎十郎はすこし遅れて、のそのそとそのあとをついてゆく。
片側は土手、片側は鉾杉《ほこすぎ》の小暗《おぐら》い林で、鳥の声もかすかである。御手洗《みたらし》の水の噴きあげる音が、ここまでかすかにひびいてくる。
藤波は立ちどまって、くるりと向き
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