がら、まだいぶりかえっている焼跡をうっそりと眺めていたが、黒焦げになった死骸を見ると、連れの遊び人のほうへふりかえって、
「これは、焼け死んだのじゃねえ、だれかが殺してから、火の中へ投げこんだのだ。焼け死んだのなら、死骸は瓦の下にあるのが本当だろう。ところで、この死骸は瓦の上にある」
といった。
聞いたほうは驚いて、出役の同心に耳うちした。調べてみると、果して顎十郎のいった通りだった。
富岡の親分が顎十郎の眼力を褒めると、顎十郎はてれくさそうに笑いながら、
「こりゃアおれの知慧じゃねえ、『雪寃録《せつえんろく》』という本に書いてあることです」
と、いった。
風魔《ふうま》
泉水にさざなみがたち、青葉の影がゆれる。
広縁《ひろえん》のきわへ、むんずりと坐りこみ、膝のうえに青表紙《あおびょうし》の本をのせ、矢たてと懐紙《かいし》箱をひきつけ、にが虫を噛みつぶしたような顔をして、しきりに灰吹きをたたきつけているのが、庄兵衛組の組頭、森川庄兵衛。
小さな髷節を薬罐頭のてっぺんにのせ、こんがら[#「こんがら」に傍点]童子に渋を塗ったような因業な顔を獅子噛ませ、いまいったよ
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