は放り出す。馬鹿でなければ、よほど鋭い頭の持主なのかもしれぬ。ともかく、茫漠としてとらえどころがないのである。
ところで、以前こんなことがあった。
甲府勤番のころ、町方で検校《けんぎょう》が井戸にはまって死んだ。
ひとり者だが裕福な男で、身投げをするわけなぞはないと思われたが、身寄りが寄って葬いを出そうとしているところへ、ふらりと顎十郎がやって来て、検校は足が下になっていたか頭が下になっていたかとたずねた。頭が下になって逆立ちをしておりましたと井戸へ入った男が答えると、そんならば身投げをしたのではなくて、ひとに投げこまれたのだ、といった。井戸に身を投げるときは、かならず足のほうから飛びこむもので、頭から飛びこむなどということは、百にひとつもないことだ、といった。
調べてみると、検校の家の下男が、隠してあった主人の金を盗むために、井戸へつきおとしたのだということがわかった。
また、もうひとつ、こんなことがあった。
甲府勤番をやめて上総へ行き、富岡の顔役の家でごろついているころ、すぐそばの町の古手屋《ふるてや》から自火を出し、隠居が焼け死んだ事件があった。
顎十郎は懐手をしな
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