上州あたりの繭問屋《まゆどんや》の次男とでもいったような身装《みなり》をしている。
「どうした、だいぶ、野暮ったく光らせているの」
ひょろ松は、へへと髷節に手をやって、
「わっしも、なんとかして咽喉笛を斬られてみてえと思いましてねえ、それでこんな、きんきらをひきずって、根気よく毎日、佃のあたりをうろついているんでございますが、今日はとうとう匙《さじ》を投げましてございます。……五日前の矢《や》の倉《くら》不動《ふどう》の前のは、やはり物盗《ものとり》じゃございません。持って出たと思われる五十両は、てめえの家の神棚の上にのっかっていたそうでございます。これにゃ、どうも……」
庄兵衛は、シタリ顔で、
「それみろ、やはりかまいたち[#「かまいたち」に傍点]だわい」
「わっしもいよいよ我を折りました。しかし、越後、信濃にはございましたろうが、開府《かいふ》以来、江戸にはまだなかったことでございまして、それが、どうも腑におちませんのでございます」
「そのへんが妖怪の融通無碍なところであろうて。越後信濃は今年は不作で、だいぶ暇だそうだからの」
と、吐きだすようにいう。さすがに、むしゃくしゃしているものと見える。
「いよう」
と、入口で威勢のいい声がする。
みなが、なんとなくぞッとして、そのほうへ振りかえってみると、顎十郎が竿をかついでぬうと立っている。
ちびた袷をずっこけに着流し、そんなふうにして立っているところは、いかさま堕落した浦島太郎のようである。
庄兵衛は、たちまち青筋を立て、
「野放図な、いよう、とはそもそもなんであるか。……見れば屋敷の中に釣竿なんぞかつぎこんで、これ、ちとたしなまッせい」
こちらのほうは立ったままで、
「相変らず、ごろごろと、雷の多い年ですな」
といって、けろりとした顔で、
「時に叔父上、潮ざしがいいから、釣りにでも出かけましょう。すこし汐風にでも吹かれて、気保養をなせえ」
庄兵衛は、いよいよ苦りきって、
「この御用多に、釣りなどと緩怠至極な」
顎十郎は耳にもいれず、
「叔父上の口癖じゃあねえが、そもそもこの魚釣りというのには三徳がある。……だいいちに気を養い、第二にせっかちがなおり、第三に薬罐あたまに毛が生える。……たった一人の叔父上に、せめて一日、気保養をさせたいと、こうして気をもんでいるわっし。これも血につながる近親なればこそ、ありがてえと思いなさい」
ひょろ松のほうを見かえり、
「おお、こりゃアごうせいにめかしているな。ちょうどいい、おまえもつきあえ、江戸一の御用ききが魚に釣られてる図なんざアよっぽど季題になるわ。今日はいやおうはいわせねえ」
なにか曰くがありそうである。
花世は、すぐ察して父のそばへにじりよると、
「ねえ、こんなところに獅子噛んでばかりいずと、ちと、魚にからかわれておいでなさいませ、あんがい、かわった魚も泳いでいるかもしれません」
さあさあとひき立てるようにする。
鉄炮洲
日並《ひなみ》がいいので、対岸の佃の岸のあちこちに網が干してある。
海面いっぱいに夕陽が照りかえし、うっすらと朱を流す。
鉄炮洲の高洲には、この七八丁の間、渚《なぎさ》一体に人影が群れ、あげおろす竿に夕陽があたって、きらきらと光る。
背高《せいたか》の、二尺ばかりの立込下駄《たつこみげた》を穿いて、よほど沖に杖をついて釣っているのもあれば、腰まで入って横曳釣《よこびきづり》をしているのもある。ちょうど上汐《あげしお》の時期で、どの手許もいそがしそう。
庄兵衛のほうは、昔はだいぶ凝ったおぼえのある老人だから、屋敷を出る時はうだうだいっていたが、いざ釣りはじめると面白いように喰いつく。れいの凝性《こりしょう》で本式に腰蓑一つになって丈一の継竿《つぎざお》をうち振りうち振り、はや他念のない模様である。
気の毒なのはひょろ松で、質にとられた案山子《かかし》のように、ぶざまにじんじんばしょりをし、遠くから竿をのばして、気がなさそうに糸を垂れている。
ところで、顎十郎のほうはいそがしい。
いつもののっそりにひきかえて、なにが気にいらないのか、糸をおろしたと思うとすぐまた引上げ、上によったり下によったり、そうかと思うと、渚の水を蹴返しながら又ひょろ松のそばへもどってくる。
さすがに、ひょろ松も気にしだして、
「阿古十郎さん、あなた今日はちと、どうかしていますぜ。……そう、裾から火がついたように駈け廻ったって魚は釣れやしません。……あっしと並んで、ここでしばらく、じっくり鈎をおろしてごらんなせえ」
顎十郎は、のほんとした顔で、
「おれは、魚と駈けッくらべをしてる気なんだが、なるほどどうも追いつけねえの。……ふん、じゃあ、ここで腰をおちつけてみるとするか。……だが、ひょろ松
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