、ここでじっくり糸を垂れていると、……かならず釣れるか、おまえ、きっとうけあうか」
みょうにからんだようなことをいう。
ひょろ松は、へこたれて、
「うけあうという訳にはいきませんが、まあ、ひとつやってごらんなさいまし」
「まあ、じゃ、いやだ。おまえが、かならず、うけあうといわなきゃア、この辺で水を蹴ッくらかえして釣れないようにしてやる」
「こりゃアおどろきましたな。……じゃ、まあ、うけあいますからやってごらんなせえまし」
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「よし、とうとううけあうとぬかしたな。きっとおれに釣らせるな。……ときに、ひょろ松、おれが釣ろうというのは、腹の白っこい、指ほどの鱚じゃねえんだぜ」
「へへ、じゃ、鉄炮洲で赤穂鯛《あこうだい》でも釣ろうとおっしゃるんですかい」
顎十郎は、首をふって、
「いや、もっと大きい」
「ごじょうだん。……じゃ、三崎の真鰹《まながつお》でもひきよせようッてんですかい」
「どうして、まだまだ」
顎十郎のいい方はすこし憎体《にくてい》である。
ひょろ松はムキになるたちだから、ムッとして、
「じゃア鯨でも」
顎十郎は渚に棒杭立ちになったまま、ながい顎の先をつまみながら、
「いや、そうまで大きくはない」
「それじゃアあっしにはわかりかねまさ。……夕風に吹かれながら、こんなところであなたと魚づくしをやる気はねえのだから、鮫《さめ》なと海坊主《うみぼうず》なとお好きなものをお釣りなせえ。両国の請地《うけち》へ見世物に出すなら後見《こうけん》ぐらいはいたします」
「まあ、そうおこるな。……そうしておめえがむくれている図なんざ、藪蚊《やぶっか》が立ちぐらみをしたようで、あまり見られた態《ざま》じゃない。……からかっている訳じゃねえ、しんじつのはなしだ。洒落やじょうだんで、このおれが釣りになんぞくる訳がない。おれの釣りたいものに手をかしてもらいたいと思って、それでおまえをここまでおびき出したんだ。どうだ、ひょろ松、片棒をかついではくれまいかの」
ひょろ松は、真顔になって、
「へい、おはなしの模様では、どのようなお手伝いもいたしますが。……それで、あなたが釣りたいとおっしゃる、その、めあての魚は」
「海にはいねえ魚だ」
「そりゃアむずかしい御注文」
「鎌いたちだ」
えッ、と息を引いて、
「阿古十郎さん、あなた……」
渚の下手を、顎で
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