い眼元をほほえませて、
「おや、お揃いで……。いま、じッきお相手してあげますから、ちッと待っていらッしゃい……もうじき、お琴さんも見えましょうから、そうしたら、みんなで一杯のみましょう」
 雛壇の瓶子《へいし》を指さし、
「あッちのほうには、そのつもりで、そっと辛いのを仕込んでおきましたのさ」
「ほッほ、いつもながら、よく気がつくの。……花世さん、おめえのお婿さんが、うらやましい」
「おやおや、あまり、まごつかせないでくださいまし、番頭さんが、おかしがっているじゃアありませんか」
 と言って、巻物のほうへ向き直り、
「……ねえ、長崎屋さん、畝織《うねおり》もいいが、そちらの平織《ひらおり》もおとなしくッていいねえ、ちょいと拝見な」
 番頭は、しきりに揉手をして、
「どちらかと申せば、この平織の方がずんとこうと[#「こうと」に傍点]でござります……もっとも、お値段のほうも、こちらのほうが、しょうしょうお高くなっておりますが、へい」
 呉絽は文政のころに支那から舶載され、天鵞絨《びろうど》、サヤチリメン綸子《りんず》、鬼羅錦織《きらきんおり》などとともに一時流行しかけた。天保十三年の水野忠
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