辞世だ」
「……ええと、……『草枕、旅寝の衣かはかつや、……夢にもつげむ、思ひおこせよ』というんで」
 顎十郎は、また笑って、
「お前に読まれると、馬内侍《うまのないし》が泣きだす。……その歌は、『続詞花《しょくしか》』に載っている。……梨壺の五歌仙といって、赤染衛門《あかぞめえもん》、和泉式部《いずみしきぶ》、紫式部《むらさきしきぶ》、伊勢大輔《いせのおおすけ》なんかと五人のうちに数えられる馬内侍という女の読んだ歌だが、すこしばかり文句がちがう。……馬内侍の歌は、『旅寝の衣かはかずば……』というんだ。……下凡の御用聞に読ませるとまったく滅茶をする。……『かはかつや』たあ、なんだ」
 ひょろ松は、口を尖らせて、
「下凡と言われたって腹も立ちませんが、たしかに、そう書いてあったんで。……論より証拠、ここに写しを持っています……」
 懐中からの捕物帳を出して、歌を写し取ったところを指しながら、
「……どうです、ちゃんと、『旅寝の衣、かはかつや』と書いてあるでしょう」
 顎十郎は、捕物帳を手に取って眺め、
「なるほど。……写し違いじゃないんだろうな」
「いくら下凡でも、てにをは[#「てにをは
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