、いったい、どんなやつの仕業だったんだ」
「西丸《にしのまる》の御召馬預《おめしうまあずかり》配下、馬乗役で、五十俵三人扶持。……渡辺利右衛門というやつがやったことだったんで……」
「御召馬預役というのは、どんなことをする役目だ」
「……若年寄《わかどしより》支配で、御城内のお廐一切のことを司る役なんでございます。……御召馬の飼方、調方《ととのえかた》。……御用馬や諸侯に下さる馬、お馬|御囲《おかこい》場の野馬の追込み。……そのほか、馬具一切の修繕をする。……この渡辺利右衛門というのは、二年前まで、三里塚の御馬囲場の野馬役で、不思議と馬を見ることが上手なので、お囲場から択《え》りぬかれて西丸へ呼上げられた。……なんでも、上総で名のある和学者の裔《すえ》だそうで……」
「……和学と馬の尻尾。……これは、妙な取合せだな。……それで、どういう手ぐりで、そいつの仕業だということがわかった?」
「どうしても、こうしても、ありゃしません。追々、詮議がきびしくなると、もう、逃れられぬところと思ったんでしょう、辞世の和歌を一首残して腹を切ってしまったんです」
「ほほう、辞世とは振るっている。……どんな
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