財《いっさいがっさい》、結末がついてしまいました。……これじゃ、いかなあなたでも、どうしようもない……」
 ちょっと、言葉を切って、
「……あなたも、お聞きになったことがあるでしょう……ほら、馬の尻尾《しっぽ》……」
 顎十郎は、うなずいて、
「誰かしら、むやみに馬の尻尾を切って歩くという話か」
「へえ、そうなんで。……切りも切った、五十七匹。……手初めが、上野広小路の小笠原左京の廐で、『初雪』という御乗馬の尻尾を、根元からブッツリ。……一日おいて、その翌日には、山下門内の鍋島さまの廐。ここでは白馬だけえらんで四匹。……譜代大名の廐でやられなかったところは一つもないと言ってもいいくらい。……なにしろ、馬の尻尾てえやつは如露《じょうろ》で水を撒いて芽を出させるというわけにはゆかない。江戸中のお屋敷じゃ大《おお》迷惑。……尻尾のない馬なんぞ曳出すわけにはゆかないから、この月初《つきはな》、日比谷ガ原で催すことになっていた馬揃調練《うまぞろえちょうれん》の御上覧も、それでお取止めになったというわけで……」
 顎十郎は、噴き出して、
「いや、どうも、おかしな盗人もあればあるものだ。……そりゃあ
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