きまい」
「へい、心得ています。こんなこともあろうかと思って……」
ポンと懐中を叩いて、
「軍用金はこの通り」
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「話が早くて、なによりだ」
『神田川』へ押上って鰻酒《うなぎざけ》と鰻山葵《うなぎわさび》をあつらえ、
「じゃ、うかがいましょうか」
顎十郎は、いつものトホンとした顔つきになって、
「……『馬の尻尾』に『呉絽帯に織出した都鳥』……それに、『比丘尼の身投げ』で三題噺《さんだいばなし》にならねえか」
「冗談……、からかっちゃ、いけません」
「からかうどころか、大真面目だ」
「へへえ」
「……お前、昨日きいていたろう。呉絽というのは経糸に羊の梳毛をつかい、緯糸に駱駝の毛をつかう。……支那の河西じゃあるめえし、江戸にゃ羊もいなけりゃ駱駝なんていうものもいない」
「でも、あれは支那から仕入れたんだと……」
「支那から仕入れた織物に、光琳風の都鳥などついているものか」
「へえ」
「支那から仕入れたと言って、そのじつ、日本のどこかで織り、支那渡りだと言って高く売りつける。……げんに、以前、泉州堺の織場でいちど真似てつくりかけたと口を辷らせたじゃねえか」
「
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