かれぬとは、吟味方筆頭もおかげがねえ」
「なに! 吟味方筆頭がどうしたと。……なにかゴヤゴヤもうしたな。もう一度はっきり言って見ろ。そのままに捨ておかんぞ」
「まあまあ」
「うるさい!」
「まあ、そう、ご立腹なさらずに、薬罐《やかん》が煮こぼれます」
「放っとけ、俺の薬罐だ。……貴様のようなやつと一緒には歩かん。おれは、ひとりで帰る」
真赤にいきり立って、ドンドンと神保町《じんぼうちょう》の方へ歩いて行ってしまった。
千鳥《ちどり》ガ淵《ふち》
顎十郎は、駈け戻って来たひょろ松の顔を見て、
「おい、叔父はとうとう怒って行ってしまった。……じつは、ここにいられては都合が悪いでな、わざと怒らせて追ッ払った」
「でも、あまり怒らせてしまうと、せっかくの小遣の口がフイになりますぜ」
「それもあるが、どうせ、また叔父の手柄にするのだから、あまり俺が、見透したようじゃ工合が悪い」
「まったく、あなたのような方はめずらしい。……じゃ、なんですか、いまの比丘尼の件は、もう、見込みがついたんで……」
「ついた、ついた、大つきだ」
「はてね」
「少々、入組んでいるから、歩きながらじゃ、話もで
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