しましょう。……こういうのが冥土の好みなのかも知れねえ、いやはや、おっかねえね」
 と、例によって、わけのわからぬことをいう。
 庄兵衛はそしらぬ顔をして顎十郎がつぶやくのをきいていたが、急になにか思い当ったように、うしろに引きそっているひょろ松の耳に口をあててささやく。
 ひょろ松は、蚊とんぼのようにひょろ長い上身をかがめて一礼すると、きびすをかえして一ツ橋のほうへいっさんに駈け出して行った。
 顎十郎は、へへら笑いをし、
「……叔父上、どうしようてえのです。……いくら追いかけたって、相手がお化けじゃ追いつけるはずがねえ。無駄だからおよしなさい。……比丘尼の土左衛門なんざ、おかげがねえでさ。ほったらかして置くにかぎります」
 庄兵衛は、威丈高になって、
「えッ、うるさい! 貴様などになにがわかる。……貴様はよもや気がつかなかったろうが、あれは、死体にわざわざ衣を着せて堀の中に投込んだものだわ。その証拠に、すこしも水を飲んでおらん」
 顎十郎は、横手をうって、
「いよウ、えらい、さすがは吟味方筆頭、そこまでわかれば大したもんだ、と言いたいが、その位のことは子供でもわかる」
 庄兵衛は、
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