やく南組の同心がやって来て、あっさりと検視をすませ、手控をとると庄兵衛に目礼して引取って行った。
入りちがいに、ひょろ松がやって来た。
庄兵衛は、せっかちに問いかけて、
「どうだった、身許がわかったか」
ひょろ松は、汗を拭きながら、
「いえ、それが妙なんで、下ッ引を総出にして江戸中の尼寺はもちろん、御旅所《おたびしょ》弁天や表櫓《おもてやぐら》の比丘尼宿を洩れなく調べましたが、家出した者も駈落ちした者もおりません。……非人|寄場《よせば》の勧化《かんげ》比丘尼のほうも残らず浚《さら》いましたが、このほうにもいなくなったなんてえのは一人もねえんです。……ご承知のように、比丘尼の人別ははっきりしていて、府内には何百何十人と、ちゃんと人数がわかっているものなんですが、それに一人の不足もない。……いってえ、この比丘尼は、どこから来て、どういう筋合で身を投げたものか……」
顎十郎は、二人のうしろに立って話を聴いていたが、だしぬけに口を挾み、
「なるほど比丘尼の人別にないわけだ。……叔父上、これは、お化けですぜ。見てみると、草履の裏に泥がついていないが、お化けなら、それくらいのことはやらか
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