いるが、あれだけのアヤを逸早く洞察し、あんな沈着な処置をとれる鋭い頭の持主は、見渡すところ自分の組下にはいない。これが血につながる自分の甥だと思うと、ぞくぞくうれしさがこみ上げてくる。
うまく釣り出して、今度の水死人をモノにさせ、庄兵衛組と北奉行所の名をあげよう魂胆なのである。
二人が鎌倉河岸につくと、南組のお先手はまだ来ていない。
死体はまだ水の中に漬けたままにしてあって、二人が河岸っぷちに寄って行くと、非人がグイと水竿《みさお》で岸へ引寄せる。
年ごろは二十二三。ひどく面やつれのした中高《なかだか》な顔で、額にも頬にも皺が寄り、胸は病気のせいか瘠せて薄くなり、腹はどの水死人にもあるように肥満してはいない。
木蘭色《もくらんじき》の直綴《ころも》を着ているが、紅い蹴出しなどをしていないところを見ると、ころび比丘尼ではなく、尼寺にいたものらしく思われる。岸に、踵のまくれ上った、玉子ねじの鼻緒のすがった比丘尼草履がきちんとぬいである。
顎十郎は、うっそりと懐手をして突っ立ったまま草履を眺めていたが、それを手にとって素早く表裏へ眼を走らせると、無造作に地べたに投げ出す。
よう
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