、
「ときに、わざわざお運びになった御用件はなんです。……とても俺の手におえぬ事件が起きたから、どうか智慧を貸してくれと言われるんでしたら、切っても切れねえ叔父甥の間柄、いつでもお手助けいたしますよ」
庄兵衛は、膝を掻きむしって立腹し、
「この大馬鹿ものッ!……言わして置けば野放図《のほうず》もない。……こ、この俺が貴様などの智慧を借りるようで、天下の吟味方がつとまると思うか、不埓ものめ」
顎十郎は、のんびりと上から見おろしながら、
「ほほう、では、なにかほかに」
「今朝ほど、鎌倉河岸《かまくらがし》へ風変りな死体が浮き上ったというから、南組が出役せぬうちに、後学のために見せてやろうと思って、それで、こうしてわざわざ迎いに来てやったのだわ、有難く心得ろ。……これ、いつまでもそんなところに頬杖をついていずと、さっさと降りて来ぬか。この、大だわけ」
内実はそうじゃない。
最後までとうとう弱味を見せなかったが、この間の印籠の件では顎十郎がきわどいところで自分の窮境を救い、なにもかも自分の手柄にして、この叔父に花を持たせてくれたのだとさとった。
不得要領な顔をしてニヤニヤ笑ってばかりいるが、あれだけのアヤを逸早く洞察し、あんな沈着な処置をとれる鋭い頭の持主は、見渡すところ自分の組下にはいない。これが血につながる自分の甥だと思うと、ぞくぞくうれしさがこみ上げてくる。
うまく釣り出して、今度の水死人をモノにさせ、庄兵衛組と北奉行所の名をあげよう魂胆なのである。
二人が鎌倉河岸につくと、南組のお先手はまだ来ていない。
死体はまだ水の中に漬けたままにしてあって、二人が河岸っぷちに寄って行くと、非人がグイと水竿《みさお》で岸へ引寄せる。
年ごろは二十二三。ひどく面やつれのした中高《なかだか》な顔で、額にも頬にも皺が寄り、胸は病気のせいか瘠せて薄くなり、腹はどの水死人にもあるように肥満してはいない。
木蘭色《もくらんじき》の直綴《ころも》を着ているが、紅い蹴出しなどをしていないところを見ると、ころび比丘尼ではなく、尼寺にいたものらしく思われる。岸に、踵のまくれ上った、玉子ねじの鼻緒のすがった比丘尼草履がきちんとぬいである。
顎十郎は、うっそりと懐手をして突っ立ったまま草履を眺めていたが、それを手にとって素早く表裏へ眼を走らせると、無造作に地べたに投げ出す。
よう
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