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星明りで面体はさだかに判らないが、二十五六の身装《みなり》のいい男だったという申立てである。印籠はその場所に落ちていたのを、定廻りが拾って番屋へ持ってきた。覆蓋《おおいぶた》をあけて見ると、赤い薬包が二服入っている。調べて見ると、意外にも、それは猛毒を有する鳳凰角《ほうこうかく》(毒芹の根)の粉末であった。これで話が大きくなった。
昨年の十月十日に湯島天神境内のとよという茶汲女が何者かに毒殺され、それから三日おいて、両国の矢場のおさめという数取女が同じような怪死を遂げた。
検視の結果、砒石《ひせき》か鳳凰角を盛られたものだということがわかったので南番所係で大車輪に探索していたが、今日にいたるまで原因も下手人もようとして当りがつかず、あれこれと馴染の客などをしょっぴいて迷いぬいている最中なんだが、これによって見ると、この印籠の持主さえ突きとめれば、二人の女を毒殺した下手人が知れようという意外な発展を見ることになった。
それは稲を啣《くわ》えた野狐を高肉彫《たかにくぼり》した梨地の印籠だが、覆蓋の合口によって烏森の蒔絵師梶川が作ったものだということがひと目で判るから、そこへさえ
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