の鼻をうごめかす。これは、三年前『万年青番付』の東の大関の位に坐ったきり動かぬという逸品で、価二千金と格付されているのだから、この自慢も万更いわれのないことではない。
ところで、娘の花世をのけたら、命から二番目というその錦明宝が、どういうものか四日ほど前から急に元気が無くなった。
葉いちめんに灰色や黒の斑点が出来て艶がなくなり、ぐったりと葉を垂れて、いわば、気息|奄々《えんえん》というていである。
庄兵衛の狼狽ぶりは目ざましいほどで、せっせと水をやったり削節《けずりぶし》の汁をやったりするが、一向に生気がつかない。手をつくせばつくすほどいよいよいけなくなるように見える。毎朝起きぬけから縁先に突っ立っているが、つくせるだけの手はつくして、もうどうするという名案もない。愁傷の眉をよせて、手を束ねているよりほかないのである。
そればかりではない、庄兵衛老、ここのところ少々御難つづきのていで、いろいろとよくないことが起る。
めったにないことに娘の花世が急に熱を出し、死ぬほど胆を冷やして狼狽《うろた》えまわったが、これがようやく治まったと思ったら、厩から火事を出しかけた。幸い大事に至ら
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