いが甘いですナ。しょせん、だらしがねえと言うべきでしょう」
と、遠慮なくいちばん痛いところを突っついて、庄兵衛を歯噛みさせる。
……それから、もうひとつは、万年青つくり。このほうは、まるで狂人《きちがい》沙汰。
万年青
万年青つくりは天保以来の流行物で、その頃でさえ一葉二百金などというのも珍らしくなかったが、嘉永三年になると、一鉢八千両という天晃竜《てんこうりゅう》の大物が出た。
この取引があまり法外で、世風に害があるというので、嘉永五年になってとうとう売買を禁じたが、なかなかそんなことで下火にはならない。禁令のおかげで却って人気が出て、文久のはじめごろは猫も杓子も万年青つくり、仕事もなにも放りぱなしで、壌士《こえつち》は京都の七条土に限るのそうろうの、浅蜊の煮汁をやればいいのとさんざんに凝りぬく。
庄兵衛は凝り屋の総大将で、月番があけると、朝から晩まで万年青の葉を洗って日をくらす。なかんずく、錦明宝《きんめいほう》という剣葉畝目地白覆輪《けんばうねめじしろふくりん》の万年青をなめずらんばかりに大切にし、どこの町端《まちは》の『万年青合せ』にも必ず持って出かけて自慢
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