て使え」
「へえ」
「なにかまだ要るものがあるか」
 職人はハッハッと肩で息をして、
「割箸を一ぜん……副木《そえぎ》をやるので……」
「割箸なら眼の前にある。……蓋物の横についている」
「へえ」
「お次ぎはなんだ」
「………」
 顎十郎は、懐手をしたまま不得要領な顔をしていたが、フンと鼻で笑って、
「お次ぎは……俺の命か」
 職人は、たちまち人がちがったような凄惨な面つきになって、
「ちッ、痴《こけ》だと思って、油断したばっかりに!」
 腹掛けの丼の中へ手を突っこんでギラリと匕首《あいくち》を引きぬくと、縁に飛び上りざま、
「くたばれ!」
 片手薙に突きかかるのを、肱を掴んで庭先へ突放し、
「じたばたするな……高麗芝《こうらいしば》を荒すと、叔父がおこるぞ」
 とても手に合う相手でないと思ったか、職人は匕首を下げたまま血走った眼をキョトキョトと裏木戸のほうへ走らせながら、
「野郎……桝落しにかけやがったか!」
 顎十部は、依然たる泰平な面もちで、
「冗談言うな、……裏木戸はちゃんとあいている。……俺は手先じゃねえ、例繰方だ。盗人《ぬすっと》の肩に手をかけるような真似はしないのだ。……
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