知ったら道具を持って来るんでした」
「なにかほしいものがあるのか」
「へえ、……霧噴きお借り申してえので」
「霧噴きか……納屋にあったな、持って来てやろう」
と、ノッソリと部屋を出て行く。
植木屋は、そのあとを見送るとそそくさと錦明宝を棚からおろし、息をはずませながら万年青を諸手掴みにする。
出て行ったと思った顎十郎は、すぐ戻って来て、棚のほうを指《さ》しながら、
「おっと、ちがった、霧噴きは棚の下の木箱の中にある筈だ」
職人はハッと万年青から手を離すと、棚の下へ首を突っこんで箱の中を探していたが、
「へえ、ございました。……では、お水を少々」
「水なら、この水差しのやつを使え」
「結構でございます……それから、申しかねますが、三盆白《さんぼんじろ》を少々……」
「砂糖を……どうする?」
「これが、あっしどもの口伝《くでん》なんでございまして、葉の合口へ少々ふりこんでやりますと、不思議に生気がつきます」
「おお、そうか、わけのないことだ……いま持って来てやる」
出て行ったと思うと、またすぐ戻って来て、
「叔父が書見の合間に舐める氷砂糖が、この蓋物に入っている。……これを溶かし
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