植安の印絆纒《しるしもの》を着た、二十五六の男前のいい職人が小腰をかがめながら入って来た。
「……松の下枝がだいぶ悪くなったから、蛤汁《はまじる》をかけろという大旦那のおいいつけなんで、へえ」
「おお、そうか、そんな話をきいておった。……初午だというのによく精が出るの」
「へッへ、おほめで痛みいりやす」
「陽気に向うと蛤汁は臭《にお》ってかなわんな。……まま、よかろ、関わんから始めてくれ。ついでに下枝もすこしおろして貰おうか。俺がここで見ていて指図をしてやる」
「へえ、お頼み申しやす」
「ああ、それはそうと、万年青がひとつ弱ったんだが、ついでに見てやってくれ」
 ゆっくり顎を振りむけて植木棚を差し、
「その中にある」
 職人は植木棚を見廻していたが、すぐ錦明宝を見つけ出し、
「こりゃあ、えれえことになっている……バラ斑《ふ》が出来ていやすね。……すぐ手当をしねえじゃ、玉なしにしてしまう」
「厄介なやつだの」
「それが楽しみだというおひともありやす」
「ははは、ちげえねえ、どうせ、金と暇のあるやつのお道楽……俺のような権八には用のねえものさ。……まあ、思うようにやって見てくれ」
「こうと
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