だろう。……顎十郎は下から花世の顔を見上げながら、こんな不埓なことを考える。
「ねえ、花世さん、路考《ろこう》の門弟の路之助《ろのすけ》が、また新作のはやりうたを舞台でうたっているが、三絃《さみせん》に妙手《て》があるのか、いつみても妙だぜ」
花世は、つんとして、
「また、のんきらしい。……芝居どころじゃありませんてばさ、私にも隠しているから、切り出すわけにもゆきませんが、あんまりな気落ようで、いっそ、こわくッてなりませんよ」
顎十郎はのんびりと顎をなでながら、庭のほうへ眼をやり、
「なアに、案じることはない……こうしていれば、いまに、やってくる」
「なにが、やって来ます」
「いやなに、植木屋でもやって来そうな日和だってことさ」
花世は焦れて、
「冗談ばっかり。……たんとおふざけなさい。私ァ知らないから」
と、拗ねたふうに出て行く。
顎十郎は花世の足音が錠口の向うへ消えるのを聞きすますと、庭へ下りて裏木戸の方へ行き、掛桟《かけさん》を外してまた座敷へ戻って来た。
眷属《けんぞく》
それから小半刻。
煙草盆をひきよせて雲井を輪にふいていると、裏木戸があいて、出入の
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