れが、なにも言わない。……口を締めた田螺《たにし》同様でな、毎度のことながら、手がつけられない」
「こんなところで寝っころがっていてはいけません。のんきらしい」
「はて、起きてなにをしましょうな」
「せめて、しんぱいらしい顔でもなさいな」
 今年十七で、早くから母に死別れて父の手ひとつで気ままに育てられたせいもあろう。山の手の手固い武家育ちと思われぬ、ものにこだわらぬ気さくなところがあり、自分の思った通りのことを精一杯に振舞う。
 これも顎十郎の奉加につく一人で、このほうは叔父ほど手数がかからない。黙って坐ると、かならずいくらか包んでわたす。どこで覚えたのか、
「すくないけど、小菊半紙でもお買いなさい」
 なんて粋なことも言う。
 はっきりとした面ざしで、口元に力みがあり、黒目がにじみ出すかと思われるような大きな眼で、相手をじっと見つめる。絖《ぬめ》のような白い薄膚の下から血の色が薄桃色に透けて、ちょうど遠山の春霞のような膚の色をしている。赤銅色のあの獅子噛面がどうしてこんな娘を生んだんだろう。それにしても、武家の娘になんかして置くのは勿体ない。柳橋からでも突出したら、さぞ人死が出来る
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