、地団太《じだんだ》を踏んでわめき立てる。
顎十郎は、のっそりと座敷に上りながら、
「叔父上、なんの御用か知らないが、初午の日に笠森から使いがくるなんて、ちっとばかし眉つばものだ。こいつァ、化かされるにきまっています。悪いことは言わないからおよしなすったらどうです……どうせ、碌な目に逢いませんぜ」
と、例によってわけのわからぬことをいう。
庄兵衛は焦立《いらだ》って、続けさまに舌打ちをしながら、
「えッ、うるさい、なにをたわ言をつく。貴様の知ったこっちゃアない、黙っておれ」
「そうまでおっしゃるなら、お止めしません。せいぜい初午詣をして日頃の不信心の帳消しをするこってすな、なにか御利益《ごりやく》があるかもしれねえ」
ぶつくさ言いながら、本箱から湖月抄を取り出して、ごろりと座敷へ寝ころぶ。本を読むのかと思ったらそうでなく、それで手拍子をとりながら、寝乱れ髪の柳かげ、まねく尾花の朝帰り……と小唄をうたい出した。
庄兵衛が呆れかえって、むっとふくれて出て行くと、入りちがいに花世が入って来た。顎十郎の枕元へ坐ると、きっぱりした声で、
「顎さん、父上はおっしゃいましたか」
「いや、そ
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