に従わない。そのくせ、三日にあげず舞いこんで来て、なにか気に障ることを言っては、その揚句、小遣をせしめて行く。しかし、悪くすれたところはなく、することにとぼけたところがあって憎めない。庄兵衛は阿古十郎が憎らしいのか、可愛いのか自分でもわけがわからない、まるで滅茶滅茶《めちゃめちゃ》な気持なのである。
 阿古十郎は例の如く※[#「ころもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》のすれ切った黒羽二重の素袷に、山のはいった茶献上の帯を尻下りに結び、掌で裸の胸をピシャピシャ叩きながら、
「ねえ、叔父上、それじゃあんまりおかげがねえ……未練ですよ、そりゃあ」
「おかげがねえ、……これ、下司《げす》な言葉を使うな。おかげがねえとはよくぬかした。そもそも……」
 顎十郎は、すぐ引取って、
「そもそも、この万年青さまがお枯れなすったのは、いつぞや御命令によって手前がそれを広縁から運び入れようとした途端、手元が辷っていきなり鉢をひっくりかえしたから。……つまり万年青の逆立ちでもおと[#「もおと」に傍点]悪気のあったのではありません。……お叱りの条は、充分に納得しましたから、もう巻き返されるにゃ
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