下ッ引を動員して、市中の質屋、古物|贓品《ぞうひん》買を虱つぶしにあたらせているが、今朝になっても一向に音沙汰がない。
例の強情から、印籠がまだ出ないことは娘や阿古十郎にも秘し隠し、さり気ない体を装っているが、胸の中はまるで津波と颶風が一緒にやって来たような波立ちかた。いても立ってもいられぬような心持である。
番所の表向は、調べ物という体にして、以来、居間から一歩も出ずに閉じ籠っているが、なにをするにも手がつかぬ。
もう、万年青どころの騒ぎではない。
毎朝、殊更らしい顰めっ面をして万年青の前に跼んでいるのは、実のところ、隠しても隠し切れぬ愁傷顔を娘や阿古十郎に見られ、弱り切った本心を覚られまいとする我慢の手管なのである。
それにしても、つい溜息が出る。
もし、出なかったらどうしようと思うとチリ毛が寒くなる。江戸中が手を打って自分を笑いそしる声が、耳元へ聞えてくるような気がする。今まで売った剛愎《ごうふく》が一挙にして泥にまみれる、思わず首をすくめて、
「鶴亀、鶴亀……えんぎでもない……いや、出る出る、必ず出る。万年青が枯れたのが厄落しになろう。これは、いっそ、いいきざしだぞ
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