たま》わった。……お沢は篤実な女で、この役にはまず打ってつけ」
「へへえ」
「そこでお子をふところに押し隠し、吹上《ふきあげ》の庭伝い、そっと坂下御門から出て神田|紺屋町《こうやまち》のじぶんの家へ帰り、捨蔵と名をつけて丹精し、八歳の春、遠縁にあたる草津小野村万年寺の祐堂という和尚に、実を明かして捨蔵を托した」
「その祐堂が、つまり、あなた」
「……いかにも。やがて十歳になったので、剃髪させようとすると、僧になるのを嫌って寺から出奔してしまった。……それからちょうど十四年。……わしは雲水になって津々浦々、草の根をわけて捜しまわったが、どうしても捜しだすことが出来申さぬ。……この春、一度寺を見るつもりで草津へ帰ると、お沢の家主の久五郎というひとから赤紙つきの手紙が届いておった……」
「ははあ、いよいよ事件ですな」
「手紙のおもむきは、五月の二日の夕方、お沢の家から唸り声がきこえるから入って見ると、お沢が斬られて倒れている。……あわてて介抱にかかると、あたしのことはどうでもいい、この封書の中に三字の漢字が書いてあるが、これへ赤紙をつけてこの名宛のところへ送ってくれと言って、息が絶えてしまっ
前へ
次へ
全39ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング